オープニングのCRASHER KIDSで度肝を抜いたのに続き、フライヤーに告知していなかったが、MCでZEEBRAが突然の登場。会場はヒートアップ。

保存状況の関係でいきなり飛びます。
RAHAオリジナル曲でのライブ。生のSAXと、当時ノリノリだったCHOCO BALLの3人にバックダンサーをやってもらっています。

1993年の第2回からはずっとここで開催し続けてきた『川崎クラブチッタ』。ここがこの年の4月に取り壊し→改装されるという事で、最後にその前に前倒しして行われたこの年のメイン。メイン出演者はじめ、シーンの重要人物たちには本当に思い出深いこの会場での最後の開催という事で、いつもとはまた違う思い入れが各自にある開催となった。

オープニングでの『CRASHER KIDS』。ごく最近HIPHOPシーンでもようやくヨーロッパの音(ELECTRO)と融合した音を聞く人が増えましたが、ハッキリ言っておきます。
90年代後半から、従来のHIPHOPを離れヨーロッパのビッグビート、ブレイクビーツ、ハウス、テクノ、トランスなどに移行した一部のヘッドランナー達によって既にこのシーンへの移行はとっくに始められていた事を知っておいて欲しい。今回のこのSHOWは、それを形にして世間に見せておこう、というMAIN STREETのステージでしか成し得ない画期的な試み。
お客さんの大多数の人達が、ステージ上で行われている事の意味をその時はよく理解できなくてもいい、何年か後に、「ああ、あの人達あんな早くにこんなところを見ていたんだ!」と後で分かってくれればいい、と思ってやっている事です。まあ、その時点ですぐにやっている事の意味を理解して反応してついてきたフォロアーの全国規模での多さにはかなりビックリしたけど。
BOBBY+DIGITAL JUNKEEZ。彼らの衣装+完全メイク+ライティングの突出したSHOWの一部を見て下さい。
1年前の『JSB』でやられた事とこの年の『CRASHER KIDS』でやった事で、新しい時代への扉は、時代の先頭の部分においては完全に開かれた。

なお、この年のサブフロアーでは、DJを初めてまだまもない頃の『DIGITAL JUNKEEZ』の『DJ DARUMA』がHIPHOP,そして従来のハウスとはおよそ無縁の新機軸のELECTRO MUSICをスピン。これまたアンテナを張ったコアなクラブヘッズに絶賛される。
これが2000年3月の出来事。今わからないヤツは数年後にやっと分かってくれればいいでしょう、という意識でサブフロアーではこういうカルチャーを展開して見せた。そしてそれがMAIN STREETの神髄だと思っている。
彼DARUMAは現在は『DEX PISTOLS』としてフジロック・フェスティバル・レッドマーキーフロアーにてトリを務めるなど、今や国内ダンスシーンの最大の超新星へと成長する事となる。

なお、この回は出演を予定していた『J Soul Brothers』(EXILEの前身)が、当時のVocalのササヤンの体調不良により急遽出演できなくなり、リーダーのHIROが舞台であいさつした。

2000.3.25 MAIN STREET Vol.17 『フライヤー』

2000.3.25 MAIN STREET Vol.17 『出演者順番表』

この回のトリです。
これぞSound Cream Steppers。始まり方から何から本当に素晴らしい、大人のSHOWでした。

モーパラです。彼らがこのチームで継続的に出るのはこれが最後です。